【大相撲】平成の歴代横綱まとめ【63代~73代】
日本の国技ともいわれる大相撲!
平成の大相撲は賭博に暴力に圧力・・・何かと問題ばかりでしたが、スポーツとしての大相撲は見てて楽しいものです。
平成の世が終わる今こそ、平成の世をどよめかせた大相撲横綱たちを振り返ってみましょう。
63代 旭富正也
青森県出身
1990年9月に横綱に昇進
1992年1月に引退した。
優勝は4回。平成初の横綱となった。
寄り切りによる勝ちが最も多く210回あったが
逆に負けるのも寄り切りで129回であった
64代 曙太郎
ハワイ出身
1993年3月横綱に昇進
2003年1月に引退した
優勝は11回。
初の外国出身横綱だが、1996年4月に帰化し現在は日本人
身長が204センチととても大きく、決まり手は押し出し156回寄り切り154回突き出し97回と豪快な横綱相撲を見せた。相撲界引退後はキックボクシングやプロレスラーといった格闘技でも活躍したが、そのデビュー戦は、ボブサップに1ラウンドKOという結果となった。
65代 貴乃花光司
東京都出身
1995年1月横綱に昇進
2003年1月に引退した
優勝は22回
平成の最後に相撲界に革命を起こそうと奮闘するもかなわず、悲しいさいごを迎えた大横綱。相撲界の未来を考えたが相撲界の闇には勝てなかった。
66代 若乃花勝
東京都出身
1998年7月横綱に昇進
2003年3月に引退した
優勝は5回
さてお気づきだろうか?66代若乃花と65代貴乃花は容姿がそっくりなのだ。現代の若者は知らない人も多いだろうが、実は兄弟なのである。若乃花は貴乃花の兄にあたる。平成10年に史上初の兄弟横綱誕生として日本中が祝うほどの出来事だったのだ。
67代 武蔵丸光洋
ハワイ出身
1999年7月横綱に昇進
2003年11月に引退した
優勝は12回
1996年1月には帰化しているため、横綱昇進の時には日本人
米と肉が大好きで生まれのハワイに行った際には「ハワイにはご飯が出ないから辛いね」と語るほど米が大好き。横綱としての武士道をもっており、引退後2016年には雑誌の取材で「今の力士は痛いと言いすぎ」と現代の力士の精神の弱さを批判した。カッコいい横綱像を強く抱き実現した。
68代 朝青龍明徳
モンゴル出身
2003年3月に横綱に昇進
2010年1月に引退
優勝は25回
21世紀初であり、モンゴル出身としても初の横綱で、現在まで続くモンゴル出身力士の強さの第一人者。
Twitterをやっており、けっこうつぶやくが日本語が少ない・・・
69代 白鵬翔
モンゴル出身
2003年3月横綱に昇進
優勝は41回で平成の横綱最多
2019年1月現在も現役として相撲を取る横綱の1人で、2018年11月の九州場所では左足の手術により全休となり引退もささやかれたが、2019年初場所では9連勝とトップを走る成績を残している。手術を乗り越えなお、平成優勝最多の横綱は平成最強の名が一番に似合うのかもしれない。
70代 日馬富士公平
モンゴル出身
2012年11月横綱に昇進
2017年11月に引退
優勝は9回
横綱昇進後の暴力事件により平成の相撲界に激震を走らせた横綱。横綱としての在り方も問われ、また被害者力士の親方でもあり、理事会一員でもある65代横綱貴乃花親方の引退の元凶ともなってしまった。有終の美とはいかなかった、平成一の問題児横綱となってしまった。
71代 鶴竜力三郎
モンゴル出身
2014年5月
優勝5回
控えめな性格で穏やかで礼儀正しい、それが相撲にも表れてしまい、寄り切りで負けてしまうことも多く批判も浴びた。しかし、後輩の育成に力を入れる部分もあり、鬼指導を見せることもあるほど、相撲に対して真剣な横綱である。
72代 稀勢の里寛
茨城出資
2017年3月横綱に出身
2019年1月に引退
優勝は2回
21世紀最初の日本人横綱で68代朝青龍から続いたモンゴル出身力士の勢いを食い止めた
21世紀初の日本人横綱となった稀勢の里。しかし不調に続く不調で不名誉の8連やモンゴル出身の力士たちによる猛攻で芳しい結果を残すことなく平成最後の初場所で引退を表明した。21世紀最初の横綱は平成最後の横綱として静かに引退していったのです。
まとめ
いかがでしたか?平成30年という長いようで短い平成の世。普段相撲を観ない人でも知っている名前があったのではないでしょうか?相撲人口が減っていいくなか、日本の国技といわれる相撲は次の世代にどう受け継がれていくのか注目ですね。
以上。パンがお送りしました。